短刀選集

第13回 清人

 

名は斉藤一郎(小市郎)と称し出羽の生まれで嘉永5年の26歳の時に
江戸に出て清麿門に入ります。
嘉永7年に師の清麿は自殺しましたので、僅か2年の師弟関係でした。
清麿没後、師匠の注文の残りの30口余りを代作し刀債を返済した話が美談として有名です。慶応3年に豊前守を受領しましたが、すぐに明治維新となり郷里の出羽に戻り藩士の為に作刀しますが、廃刀令布告後は殆ど作刀はしていません。明治30年、孫の海軍兵学校入学を祝い軍刀と短剣を作り贈ったそうで最後の鍛刀といわれています。刀鍛冶を廃業してからは温泉旅館の主人として暮らし明治34年に75才で亡くなりました。師の行動と政府の施策により翻弄された刀工人生でした。
 
 
 

 
 

本作、清人の脇指について

 

本作は神津伯押形所載品で姿は清麿一派の特徴でややフクラの枯れた造り込みに師を思わせる沸本位のやや角ばった互の目乱れに砂流しや金筋が現れた覇気ある作風です。
地鉄はよく詰み地沸が非常に厚く付いていて綺麗です。銘ですが清人は清の字が少し右に寄る特徴がありますが、本作は裏年期の元治が棟側に寄っています。調べてみると総体的に銘文の一部が片側に寄ることが多いようです。最近研がせて頂いた一口です。
 
 
 

 

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